こんにちは。美容系YouTubeが大好きな、ライターのホワイトリリィと申します。(ひっそりブログ運営もしているので、ブロガーという側面もあります。)
以前、Youtuberライブ(生配信)を見ていた時に、コメントで「ナイスパ!」という言葉が飛び交っていて、「なんだろう?」と不思議に思ったことがありました。
少し気になって意味を調べているうちに、「ナイスパ!」という言葉について、周囲が色々な感じ方をしていることに気づきました。
そこで今回は、YouTubeライブのコメント欄で交わされているこの言葉の意味と、それに対する反応に対して、筆者が思うことをまとめていきたいと思います。
Webコンテンツを制作する仕事をしている自分だからこそ、みなさんの“気づき”に繋がることをお話できるかもしれません。
「ナイスパ」の意味は「ナイス・スーパーチャット」
YouTubeライブ(生配信)を視聴している時に、しばしば、コメントで飛び交うワード「ナイスパ」。
結論からお話すると、この「ナイスパ」とは、「ナイス・スーパーチャット」を略したインターネットスラングです。ひらがなで「ないすぱ」と表記されることもあります。
わたしは、これで「あぁ、なるほどね!」と理解したのですが、そんなことを言われても、どういうことか分からないという方も多いかもしれません。
少し、掘り下げてお話しましょう。
「ナイスパ!」を投稿するのはいつ?タイミングはここ!
YouTubeの生放送には、スーパーチャット(投げ銭)と呼ばれる機能がありますよね。
視聴者の誰かが、生配信の途中でスーパーチャット(投げ銭)をした時に、画面の上部に金額が表示されることがあります。
それを見た他の視聴者が、「良いね!」「ナイスだね!」という気持ちを込めて「ナイスパ!」と送信する、これがYouTubeライブの文化になっているのです。
間髪入れずに「ナイスパ!」と送るのですね。
個人的にはこういうアンダーグラウンドな感じのコメント文化が、割と好きですね〜。
むかし、ニコニコ生放送でも、「枠取りお疲れ様」という意味で「わこつー」というスラングが使われていましたね。懐かしいです。
生配信というリアルタイムで流れていってしまう配信のなかで、略語の方がラクに入力できてコメントしやすいために、こういったスラングが生まれやすいのかもしれません。
「おぉ〜スーパーチャットですか!いいですねー!」とタイピングしている間に、どんどん配信が進んでコメントが流れてしまいますし、配信者さんの話も聞き逃してしまいますから。
それならば、いっそ短く「ナイスパ」。
簡潔ですし、とても使いやすいように思います。
「ナイスパ」が嫌い?うざい?意味が分からない?
筆者個人的には、こういう自然発生した略語に対してあまり偏見の無いタイプなのですが、やはり一部では不快に思う方がいらっしゃるみたいですね。
これはもうしょうがないかもしれないですね…。
個人の感じ方の違いも大きいですし…。
こういった、アンダーグラウンドな雰囲気自体が「気持ち悪い」という方もいるかもしれません。ネットスラングのような「略語が嫌い」な方だっているでしょう。
そしてYouTubeライブには、配信者とコミュニケーションを取りたい方もいれば、ただの視聴者のひとりとして静かに楽しみたい方もます。
さらに、コメントをしている人は10代かもしれないし、50代かもしれない。
相手の年齢が分からないから、感じ方の違いが出るのも仕方の無いことですね…。
「ナイスパ」は誰得?一体何がナイスなの?
YouTubeの投げ銭システムはいわゆる配信者側にはメリットがあるのは明白ですが、「視聴者側にはメリットがない」という声もあります。
なので、「何がナイスなのか分からない」という声もちらほら。残念ながら、某掲示板などで「馴れ合い」だとして批判されている投稿もありました。
そういう方はYouTuberを応援する気持ちが無いのでしょうか…?
Webコンテンツを制作するお仕事をしている自分としては、なんだかとても悲しい気持ちです…。
冷静に、よく考えてみて欲しいのです。
配信者であるYouTuberは個人事業主という形式で動画制作をしていることも多く、あなたが無料で見られる動画(コンテンツ)を、自費で制作していることも多いですよね。
たまに、YouTuberは全員、無職の不労所得者だと勘違いしている方がいらっしゃいます…。そういう方は、フリーターとフリーランスの違いも多分理解されていないかもです…。
これらの点について、現実的な想像ができているでしょうか?
「ナイスパ」はYouTuber(動画制作者)への応援になる
見ている側としては、ただ、画面のなかでYouTuberが遊んでいるのを撮影しているだけのように感じるのかもしれません。
無料で楽しめるものですし、「遊んで不労所得を得る人に、なんで視聴者側が投げ銭すんの!?こちらのメリットが無いじゃん!」と考える気持ちも分からないでもありません。(そもそも、「無職」とか「不労所得」とか、前提への誤解も多分にあるのですが…。)
しかし、YouTuberの方が楽しい雰囲気を出しているのって、みなさんに楽しんでいただくための「演出」ですよね…?
普段、筆者はWeb記事のライティングや編集を仕事にしており、このように自分の言葉を文章にしてブログ記事という形で執筆することもあります。しかし実は、過去に、ほんの少しだけ動画制作にも関わったことがありまして。
1本の動画を作るのは物凄い労力だということを知っているのです。
たとえば個人事業主として、1人で一気通貫で制作を行っているYouTuberの場合は、必要な機材や材料は自己負担(個人事業の経費)でまかなわれているはずです。
使用するカメラや編集に耐久できるPCだけでなく、自宅事務所の電気代なども含めて考えてみて。
今現在みんなが見ているクオリティの動画を制作するにあたって、完全無料で作ることなんてできない、ある程度の設備投資が必要なことが分かると思うわ。
上記のことを踏まえると、誰かが投げ銭として課金したことが、YouTuber個人やYouTube制作チームの応援に繋がり、更に意欲やモチベーションが上がって良い動画を作る、良い循環ではないでしょうか。
誰かがスーパーチャット(投げ銭)でYouTuberを応援したときに、周囲が「ナイスパ!」ということは、間接的な応援の側面があるのだと思います。
こういうことをじっくり考えてみると、素直に素敵な文化だと思いませんか?
コンテンツを作る側のことはあまり知られていない
一般的にはあまり知られていませんが、これを書いているブログ運営者(ブロガー)の筆者も、YouTuberも、同じようにGoogleアドセンス広告からの収益のシステムから収益を得ているんです。
そのため、ブログやWebメディアに携わっている者から見れば、YouTuberや動画制作者もいわば「同族」的な認識がどこかにあります。
我々のように、Googleアドセンスの広告費でコンテンツを運営している場合、PVが少なければ、広告費がほとんど入ってこないため、運営すること自体の危機に直面する場合も多々あります。
記事を作るのにも、動画を作るのにも、やっぱりお金も時間もがかかるからね><
事業として利益を出すのが難しいです。
たとえば、ブロガーも1本の記事を作るのは物凄い労力です。表現している形が文章というだけであって、基本的には動画と同じように制作工程があります。
少しでも良いコンテンツを提供したくて、日々色々な工夫をしています。
全国のみなさんに見ていただくものですから、適当に制作している訳ではありません。誰かの心に届けるべく、誰かに読んで良かったと思って貰うべく、真剣に制作しています。
もちろん、制作スキルについて学ぶ時間だって必要です。取り扱う情報についても、知識不足が無いよう、色々な勉強が必要だと思っています。
もっと画素数の高いカメラにするべく、一眼レフを購入したり、自分が制作している分野(わたしなら、主に美容)について勉強するために書籍を何冊も買ったりするのよ。
時には失敗作の記事を生み出すことも。何度も試行錯誤を繰り返して、1つの記事(コンテンツ)を生み出す作業は、つまり「労働」なのです。
PVが少なくなってしまえば、Googleアドセンスからの広告費がなかなか入らず、ほとんど無償労働と同じ状態になってしまいます。
同業の方には「〇〇円稼ぎました!」のようにお金のことにフォーカスして発信している方もいるわ。
それを否定する訳ではないけれども、みんながみんな、ただお金のためだけに制作している訳ではないのよ。
自分の仕事への熱意や使命感を持って、みんなに楽しんで貰うために制作している者もいるわ。
そういう言葉ってあまり画面の向こうに語られることが無いから、もし良かったらこれをきっかけに知っていて貰えたら、嬉しいなと思うの。
コンテンツを作り続けることの厳しさ(闇の部分)
筆者は、とても良い記事を書くブロガーさんがブログを閉鎖したり、ディレクターの方がメディアの縮小をしたりと、辞めていったのをこれまでたくさん見てきました。
背景には、「生活するための収入を得るには、もうこれ以上時間をかけられない」「収益にならないから、制作を続けるのが厳しい」と、そういった事情を抱えていることもあります。
長く続けるなかで、これは本当に寂しいことでした。
良い記事を作ったからといって、必ず世の中のニーズと合致して人気になる訳ではないのです。
ブロガーやとして輝かしい人気や収益を得る人もたしかにいらっしゃいます。制作費用なんか心配する必要のないくらい、とてもPVが高く、たくさん読まれて収益もバッチリな方も。
ブロガーというより、“Web媒体で執筆しているコラムニスト・エッセイストという肩書きがしっくりくるような方”や、“それもうブログの域を超えて自主制作のWebメディアだよね? というレベルのものを作れるディレクター気質の方”ですね^^;
(わたしも見習わなくてはならないのですが…orz)
しかし、実力主義の世界で、それは氷山の一角でしかありません。ぜひ、氷山の下も見てください。
(氷山の一角に、なにかを超越してしまった神々が君臨しているので、眩しすぎて影が見えにくいのですが…苦笑)
目をこらしてよく見ると、競争に敗れた者たちの、たくさんの屍が散らばっています。同じことが、YouTubeの世界でも言えるのです。
個人でやっていたものが成功して法人成りして、もはやTV番組ですか?と思える規模のものを作っていらっしゃる神々がいる一方で、個人で細々と堅実な動画を制作して売上を立てている方もいらっしゃいますよ。
全員が「はじめしゃちょー」にはなれないですものね^^;
みなさんは、心のなかのどこかでYouTuberに成功者のイメージを重ね合わせていませんか。ビジネスは競争ですから、勝者がいれば敗者も生まれてしまうのが資本主義の必然ですので、みんながみんな大金持ちな訳ではないはずですよ。
人気者でなかったとしても、良い動画を作る方はたくさんいらっしゃいます。筆者も、そういう方をたくさん存じています。けれども残念なことに、やはり視聴者が多くなければ、制作に行き詰まってしまうこともあるようです。
もしもあなたの応援しているYouTuberが活動を辞めてしまったら、YouTubeチャンネルを削除して動画を消してしまったら、どうしますか。
個人事業主は雇用されている訳ではなく、いわば自営業者なので、いつその活動を辞めてしまうか、分からないですよ。
無料で閲覧できる動画や記事であっても、あなたにとってなにか少しでも価値があったのなら、制作者へ応援の気持ちを示してあげてください。
スーパーチャットを送る方や、ナイスパとコメントする方は、そういった制作の背景にあるビジネスの本質を理解されているのだと思います。
「ナイスパ!」で応援の気持ちを表して
無料で見れるYouTube。大きな法人が作っているTV番組と違って、「個人事業主」や「小規模な法人」の制作者が、資金繰りギリギリのところで必死で制作している場合もあります。
全国の方がご覧になるのに耐久できるレベルのものを制作するには、当然ながら規模の小さい制作者の負担が大きくなります。そういった制作の背景にも、ぜひ想像を巡らせて欲しいです。
あなたの応援しているYouTuberが、もし明日活動をやめてしまったらどうしますか? もっと応援すればよかったと後悔するかもしれません。
誰かの心からの応援が“投げ銭”という形になった「スーパーチャット」、ぜひ周りの視聴者も、暖かく見守りたいものです。
また、その見守りの形の1つに「ナイスパ!」という文化があること。これはとても温かいことだと、筆者は思います。
きっとこれからも、生配信を見たら、わたしは「ナイスパ!」ってコメントすると思うわ。
本記事のアイキャッチ画像には、フリー素材を使用しています。
フリー素材画像サイト:GIRLY DROP より